新任のクリス・ポープ先生の自己紹介です

左がポープ先生、右がアウケマ先生です
私の故郷はロザハムという、イギリスのヨークシャー州にある元工業地帯の小さな旧鉱山の町です。残念なことに、私の故郷は、 10代の妊娠率も肥満率も英国の中で最も高く、 また、犯罪率、失業率及び薬物中毒率も英国の五本の指に入る町だと言われています。このことをここでご披露するのは、こういう問題があっても、故郷のことを恥ずかしく思っていないからです。むしろ、これらの社会問題は、故郷の遺産の重要な一部であり、しかも私の母国の歴史における深刻な転換点から生まれてきたものなのです。1980年代において、男性の過半数は鉱山労働者と鉄鋼労働者であったのにもかかわらず、イギリスの多くの公共機関が民営化され、労働者がリストラされました。その結果、ロザハムの有効求人倍率が急に低下し、その後凡そ30年間に渡ってほぼ横ばいでした。

私は故郷を誇りに思っています。実のところ、上で述べた統計と、自分が子供の頃に経験したことと、どちらの方がよりよく故郷の真実を反映しているのか余り分かりません。この統計によってロザハムの全体像を把握できるかもしれないとは言え、主観的で定性的なことに集中すれば、絵をより詳細に鑑賞できるように、ロザハムのことをよりよく理解することができるはずです。 もちろん、私たちがどのように感じているか、どのような印象を受けたかと言うような我々の日常の体験は、完全に主観的なことなので、我々の記憶に対しては統計よりもそれの方が意味深いかもしれません。従って、故郷に住んでいた時の日々を呼び覚ますと、友達が私をよく支持してくれたこと、工場で働いていた時に上司が私に冗談を言ってくれたこと、友達と遊びに行ったこと、両親が優しく育ててくれたこと、散歩に出たおじさんとおばさんが私と喋ってくれたことなど、懐かしくて優しい記憶が溢れてきます。その良さ、親切さ、及びご恩もロザハムの本質を反映するものでしょう。

今も研究者として、このことについてよく考えます。特に、社会科学においては、統計による事実と人々が実感する真実を区別する必要があるのではないかと思うのです。しかし、そうすること自体が難しく、ある程度まで両方を組み合わせて、ある課題を評価しなくてはならないこともあるかもしれません。さらに、統計による事実と感情による真実との間に横たわる認知的な隙間は、政治的に利用される場合もあるというふうに思います。英国の政治からの実例を取り上げると、 英国中央銀行と英国政府が実施する量的金融緩和政策の理論の礎石であるにもかかわらず、平成24年に、世界の最も重要な金利の一つだと考えられる、企業向け融資や住宅ローン等の基準金利であるロンドン銀行取引金利(LIBOR)が、英金融大手企業バークレイズによって不正操作された事件が発覚しました。新聞でこの事件について読んで、誰にどこまで影響をもたらしたかといった規模についてなかなか想像がつかない人が多くいるかもしれませんが、この事件と同時期に、イギリスでも、不況の中で苦しんできたイギリス人の感情を操作したレトリックによって、移民を問題化する新たなポピュリズムと反知性主義が目立ってきました。もちろん、人々の悩みに影響したことに対して、移民と金融的な汚職との間には雲泥の差があります。

ところが、LIBOR事件に対して、不正操作は不況の中で苦しむ人々の生活に悪影響をもたらしたにもかかわらず、銀行の専門的な機能がどのように自分の生活に関係しているかということは理解が難しいですから、この事件は多くの人々に忘れられてしまいました。その一方、移民も不況で苦しむ人々であり、不況の原因ではないということは明らかであるのに、ポピュリスト的なレトリックが、人が実感する悩みと苦しみがあるという真実を認めて、それを利用したわけです。

一般的に大学生と大学院生の時にも、言語と認知との関係に関心を持っていました。平成19年から平成23年までロザハムのすぐ近くにある、シェフィールドという綺麗な市にある大学で日本語と言語学を勉強しました。なぜ日本語を学ぶことに決めたかというと、実は17歳の時、大学で学べるアラビア語、韓国語、中国語、及び日本語という四つの選択肢のうち、海外で旅行がしたいという思いだけで 日本語を無造作に選択しました。私は本当に運が良かったと思っております。シェフィールド大学では、英語の古語と日本語の古語から、アフリカの英語教育体制及び戦前日本のフェミニズムに至るまで様々なことを勉強する機会に恵まれました。そして3年生の時、平成22年から平成23年まで神戸大学に留学しました。限られた紙幅でその1年間の楽しさを十分に説明することはできません。今にも神戸に戻ると、妙にアットホームな感じになるほど、楽しかったです。その後で、エディンバラ大学で認知科学と言語の進化について研究し、そして卒業すると、シェフィールド大学に戻り、大学院生の時に習ってきた方法論を、日本の政治的なレトリックに適用しようとする博士論文を書きました。論文は安倍総理大臣のスピーチを定量的にも定性的にも分析する方法論による、内閣が言っていることと、やっていることとの比較です。博士課程のおよそ4年間にシェフィールド、シンガポール、及び東京(早稲田大学)で研究して、平成29年6月にようやく卒業しました。

今は、前に述べた統計による事実と人々が実感する真実をどのように組み合わせることについて考えています。つまり、世界中にある事実がどのように人々の日々に関係しているか、あるいはどのようにその関係を明らかにさせることができるのかを検討しています。専門分野は国際関係論、政治論とコミュニケーション論ですので、具体的にいうと、グローバル・ガバナンス、地政学や国際政治などによる行動や政策が人にどのような影響を与えるかをテーマとし、規範と政策のコミュニケーションを研究しております。このようなローカルからグローバルまでという繋がりと絆を明確に説明して示すことができるのは、世界が乗り越えるしかない問題の解決への重要な一歩だと思うのです。

この度、京都女子大学現代社会学部に赴任させていただくことについて本当に嬉しく思っております。関西に引っ越す前に、日本の友人皆から京都女子大学は素晴らしい大学だと言われました。働き始めて、その素晴らしさがすぐ分かりました。本学には優秀な先生がたくさんいらっしゃいますし、素晴らしい事務職員の皆様に囲まれていますので、このような素敵なところで働かせていただくことは誠に光栄だと思っています。学生が関心を持つことを教えたり、学生が将来の夢を叶うのを手伝ったり、最新鋭の研究を作ったりすることを通じて、大学の評判と名誉に貢献できれば幸いと思います。皆さま、どうぞ宜しくお願い申し上げます。